「源氏物語 篝火」(紫式部)

魅力ある中年男性・源氏

「源氏物語 篝火」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

内大臣の落胤である
近江の君の行状は、
世間の笑いぐさとなっていた。
実父内大臣の不手際を聞き及び、
玉鬘は源氏に引き取られた幸運を
しみじみと感じるようになる。
ある夜、
篝火の明かりの中で二人は
和琴を枕に寄り臥して…。

源氏物語第二十七帖「篝火」は、
最も短い帖の一つであり、
本書ではわずか三頁にしかなりません。
訳文をすべて載せても
いいくらいの分量です。
ここでの読みどころは当然、
源氏への玉鬘の感情が
好転したことでしょう。

玉鬘の感情の変化の原因は、
近江の君の噂なのです。
この時代の貴族の娘たちは
人目につくことはあり得ません。
したがって悪い噂が立つということも
通常はないのです。
近江の君が世間の物笑いと
なっているのは、取りも直さず
屋敷内からの情報漏洩です。
女房たちが笑いものにしているのを、
内大臣が止めようとせず、
意図的に放置しておいたのでしょう。

実子を探しだしたものの、
よく調査もせずに引き取り、
自分の眼鏡にかなわなければ
ぞんざいに扱う内大臣の姿勢に、
玉鬘は不安を感じたのです。
自身もまた実父・内大臣が
どんな人物か確かめもせずに
名乗りを上げていたら、
同じような境遇に
陥った可能性があったからです。

多分、内大臣が玉鬘を見つけていれば、
そんな扱いはしなかったと思われます。
たまたま近江の君の個性が強烈
(当時の貴族的ではない)だったための
結果だと思うのです。
でも玉鬘は、原因を
近江の君と自身の違いに
求めるのではなく、
内大臣と源氏の人間性の差と
結論づけてしまったのでしょう。

その結果、玉鬘は
以前のような警戒心を解きほぐし、
和琴を枕に源氏と添い寝を
してしまうまでになるのですが、
源氏はそこから
一歩を踏み出そうとしません。
若い時分であれば、
ふらっと立ち寄った屋敷内で
たまたま出会った女性を
無理矢理手込めにしてしまった
源氏ですが、そうした強気の姿勢は
すっかり鳴りを潜めてしまいました。

かつて朧月夜の君と
大胆に逢瀬を重ねていた源氏とは
まったく違います。
年をとり、名声が高まるにつれて、
守るべきものが増え、
思い切った冒険ができないのは
しかたのないことなのです。
それが年を重ねるということなのです。

それでも玉鬘が安心できるのは、
源氏がそれだけ魅力ある
中年男性だということの証です。
私もそうなりたかった。
いや、それはどうでもいいことで…。

(2020.7.18)

長谷川雅さんによる写真ACからの写真

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